50歳からの日記

これからの生き方を模索中 日々の事を綴っています

母親の呪縛を解き放つ

心の奥に閉じ込めていた気持ちを少しずつ吐き出していこうと思います。

 

私は自分の母親が嫌いだ。

幼少期からこれまで母の愛情を感じた事はない。

母親の脅しの中で育ってきた。

”お母さんの言うことを聞かなければどうなるかわかってる?

今後一切何もしてやらないよ”

という言葉を大人になってからも言われ続けてきた。

幼い頃に聞いたこの言葉は恐ろしいものでしかなかった。

自分の思い通りにならないと感情的になり怒鳴られ、子供の頃はよく叩かれた。

多分私は母のストレスの吐け口だったんじゃないかと思う。

食事時に話をしようとすると”うるさい”と怒鳴られ、いつしか自分が話をする事が怖くなった。

どんなに勉強しても、テストで良い点を取っても褒められる事は一度もなかったし

親戚の子が私より少し良い点をとっただけで怒られた。

外にばかり目を向け、私に目を向けるという事はこれまでなかった。

何かを教えてくれた事などなく、ただ”ああしなさい、こうしなさい”

と命令一筋だった。

小学校の卒業文集で「尊敬する人」という欄があった。

友達が母親のようになりたいと書いているのを見て驚いた。

そんな風に書ける母親ってどんなものなのだろうかと。

尊敬できる母親というものがわからなかったのだ。

自分の母が当たり前と思っていたから。

大人になり、ある会社の出世コースにのった。

喜んでもらえると思って母に伝えると

”私の娘なんだから馬鹿にきまってる、出世なんてやめなさい”

悲しくて仕方なかった、どうして応援して貰えないのだろう、どうしてその言葉

を真っ直ぐに受け止めている自分がいるのだろうと。

祖母を介護していた母は寝たきりの祖母によく文句を言っていた。

”すまないねえ”と祖母はよく言っていた。

そんな時でさえ母に何も言えない自分が嫌いだった。

小さいな事はまだまだたくさんある。

精神的な恐怖

これは幼い頃からのマインドコントロールでそうそう逃げる事が出来ない。

大人になってもだ。しかも相手は親である。

そうした事を克服したいと思い、現在自分自身を見つめ直している。

今自由に生きている母の介護をしないといけなくなった時、私はどうするのだろうか

介護できるのか?

正直、無理、出来ない、面倒を見たくない。

少し前だったら母親の愛情が欲しくて、その愛情欲しさに言うことを聞いて、

いつか自分を認めて欲しいという期待を持って行動していたかもしれないが今は違う。

母親の呪縛から逃げたい。

この気持ちに気づいてから距離をおくようになった。

嫌い=愛情は表裏一体。

わかっているけど私は母親を捨てると決めたこれが私の気持ちである。

”本当に信頼できるのは自分の気持ち”

という事をここでやっと理解したのかもしれない。

若い頃にこんな風に思うことが出来たらと思うことがあるが、

今だから手放せるのだと思う。

自分自身と向き合っていくのは辛い作業だが、どんなに涙が出てもこれからも

しっかりと見つめてみようと思う。

心が軽くなり今の環境に幸せを感じている。

裕福ではないけど子供と二人楽しく過ごしているから。

私はアダルトチルドレンなのだと思うが

少し自立できた自分を褒めてあげよう。

これから心理学の勉強も始めてみようと思う。